【ビギナー向け】インドネシアのビジネスを支える「財閥」の存在とは?

街を歩いていると、よく見かける社名がそこここにあります。それがこの国の経済を支える「財閥」とよばれる企業グループです。インドネシアの財閥ってどんなところなのか?? 概要を解説します!

インドネシアには原住民資本のプリブミと、非原住民資本のノン・プリブミが存在しています。

プリブミとは
昔からここインドネシアに住んでいる住民たちのことを指す。その多くはマレー系。

ノン・プリブミは主に華人などです。

国内にある巨大企業グループは30社も存在!この財閥企業のほとんどは華僑によって創業され、いまも経営されています。

財閥は多角経営の企業グループがひしめきあっています。これらの企業はさまざまな産業分野に進出して、ビジネスを成功させています。進出している分野は…資源系・農林業・自動車・不動産・小売り・物流・金融・IT関連など。

いや〜、抜け目ないビジネスの広げ方です。かつてのスハルト政権が目指した「計画経済」の進展とともに、政府や軍に強力な影響を及ぼしているのは、住んでいても実感します。

だから財閥の動向を知らずにインドネシアのビジネスは語れない!のは事実です。

じゃあこの財閥を創業し、経営している華人・華僑はインドネシアに一体何人いるのかというと、760万人以上とも言われていて「華人・華僑の多い国世界一」(もちろん中国や台湾は除きます)とニュースされるほどの多さなんです。

しかし、人口が2億5千万人と言われているインドネシアの中でみると華人比率はたったの3%なんですよね。

だけど、華人資本の財閥企業は20社以上、しかも上位3位の企業はいずれも中国南部から渡ってきた華人が創始者なので、経済においてはとても影響力大な存在なのです。

財閥の成り立ちまでの大まかな3-Step

  1. 19世紀後半から中国大陸から東南アジア各地へ移民が増えていく
  2. 華人たちは小売りからはじまり、規模の大きいビジネスへ着手
  3. アジア各地で有力な財閥に成長

この3-Stepをもう少し説明しましょう。

時代は1980年代、ビジネスセンスに長けた華人たちは当時の政権・スハルトと密接な関係づくりをおこないました。公共事業から民間の事業まで、あらゆる産業に進出し発展しちゃいます。いや〜、すごい。こうやって、華人資本がトップダウンでインドネシアに定着していったんですね。

でも何でそんなにスムーズに入り込めたのかというと、当時のインドネシアはあらゆる産業が手つかずという、事実。ビジネスの担い手がほぼおらず、そのチャンスを見事モノにしていったのが華人資本だったのです。その結果、現在の主要産業はほぼ華人資本になっていきました。

圧倒的なシェア例でいうと…、
・自動車のアストラ
・製紙のシナルマス
でしょうか。インドネシアに住んでいたら、必ず耳にする企業名です。

財閥のピンチ!1997年アジア通貨危機

財閥のビジネス展開は順風満帆ではなく、97年7月にタイで起きたアジア通貨危機ではインドネシアもかなり影響がありました…。

なんせ、国の経済ごと破たんしてしまった出来事だったので、当時の政権(スハルト)は崩壊して、大統領も退陣に追い込まれるほど。

特に金融サービスは大きな痛手…

当時バンク・セントラル・アジア(BCA)を保有していたサリムグループは、経営悪化の一途をたどり、政府の預金保険機構が救済。何とか金融機関として維持していたのですが、うまく浮上できずハルトノファミリーが経営に参画し、現在サリムグループの持ち株は2%弱という結果に…。

国外(シンガポールや香港)の財閥から支援を受けて立て直しを図った財閥もあったそうです。大変だったんですね…。

とっても簡易的な説明でしたが、財閥企業のビジネスや歴史についてイメージできたでしょうか?

各分野で圧倒的なシェアを誇る財閥企業なので、新規参入をするにもパートナーの選択肢が少ないというのも特徴です。

財閥のココがすごいよ!
●特定の企業が圧倒的なシェアを持っている
●短期間で利益を得ようとするフットワークの軽さ
財閥のココは要注意!
●パートナーとの関係を長期的な視野でみない(一部の)経営者がいる
●技術だけ得て契約打ち切りになることがある
●コンプライアンス上の問題がある(二重帳簿、投機不動産投資など)

インドネシアの財閥一覧を見てみよう。

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