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電気・ガス・水道がなくても幸せに暮す少数民族の生活に1日密着!
文明の力を拒み、シンプルな生活を営む少数民族。
男は農作業、女はハタ織り、子どもはお手伝い。
傍目には退屈な生活に思われるが、そこにはお金では決して買うことのできない、幸せの本質と豊かな時間があるかも知れない…

ITはおろか文明も拒み続ける少数民族
ITの目まぐるしい進化により、世界は急速な変化を遂げている。産業構造は変革を強いられ、社会システムのあり方が問われ、SNS等によりライフスタイルも一変した。
そんなグローバル化が加速する現代に、ITはおろか文明すらも拒み続けるのが、今回の取材先のバドゥイ族だ。彼らの村には電気も水道もない。極め付けは靴を履くことも禁じられた裸足での生活。

なぜ彼らはあえて不便極まりない生活を自らに課しているのか? その真相を確かめるべく、彼らの住むバンテン州の山中の村を訪れてみた。

ジャカルタから約120キロ、ジャワ島の西端バンテン州『Kenekes村』の山中にバドゥイ族は住んでいる。ジャカルタから列車で2時間のランカスビトゥン駅に行き、さらに車で2時間の場所に彼らが住む村がある。片道約4時間だが、ジャカルタからわずか4時間の距離にそんな秘境があることにも驚かされる。


車が到着したところがバドゥイ族が暮らす村への入口。車で行けるのはここまで。
ロータリーの真ん中にバドゥイ族の銅像が立ち、まわりには食堂や名産の蜂蜜などを売る土産屋があり、いかにも観光地的な雰囲気。周辺には多くのインドネシア人観光客に混じって、バドゥイ族の姿も見かける。見分け方は簡単、頭に青いバティック布を巻き、腰巻き姿、そして裸足でいるのがバドゥイ族だ。




自然素材のみで作った竹橋。
不便さの中で感じる幸せの本質とは何か?
ロータリーからは徒歩約1時間で彼らの集落に着く。観光用の宿泊施設はなく、泊まりは必然的にホームステイとなる。ただしここにいるバドゥイ族は、外界との接触が可能な『外バドゥイ』、奥地にいるのが『内バドゥイ』。外国人が入れるのは『外バドゥイ』エリアまで、『内バドゥイ』はインドネシア人しか入域が許されてなく、カメラの持ち込みも禁止だ。

従って、取材班が入域したのも『外バドゥイ』エリアまで。本当の意味での秘境と呼ぶには物足りないが、そこはお許し頂きたい。とはいえ、『外バドゥイ』の民家に泊まるだけでも貴重な体験となった。
村に到着後しばらくすると暗くなり始めたが、電気が無いためか夜の暗さが際立つ。夜が更ける前に川で沐浴をし、用意してくれた質素な食事を静かに頂いた。
質素な食事が健康の源
村に観光客用の宿泊施設はない。必然的にバドゥイ族の家にホームステイすることになる。頼めば食事も提供してくれ、簡素な板の間で寝ることになる。深夜、早朝は冷え込むので寝袋など持ち込むといいだろう。

宿泊料など決められているわけではないので交渉することになるが、数万ルピアほどで問題ないだろう。ガイド付きのローカル旅行代理店のツアーもある。



普段は気付かない闇を感じながら早めの就寝につく。夜中に野犬か鶏の仕業だと思われるが、床下で物音が聞こえたりした。
ハレの日のご馳走の定番は鶏の姿焼
村の入り口脇にいた外バドゥイ族は戒律がゆるいせいか、一般的なインドネシア人と同様に揚げ物も作る。鶏の姿焼きを焼いていて、『意外と豪華な食事!』と思ったら、これははハレの日の特別メニューとのこと。


火災の際の消失を防ぐためのコメ蔵
集落から少し外れた竹林に建つ小屋はコメの保存庫。住居から離れたところにある理由は、住居で火災が起きても主食のコメは死守するという、古くからのバドゥイ族の教えらしい。複数箇所に小屋を作るのはリスク分散のため、そこには食料不足を防ぐための強い思いが集約されている。さらに名産のハチミツやバティック布と違い、コメは外部への販売を禁止するオキテもある。

道の両側は一見ただの草むらだが、よく見ると稲畑。日本のような手間ひまのかかる水稲ではなく、陸稲を自然農法で育てる。


村の宿泊で思ったことは、現在、世の中の大半のモノが無くても人は生きていける。早寝早起きが生む健康、家族と過ごす貴重な時間の尊さ。退屈と心の豊かさは紙一重だ。きっと人生や幸せの本質を考える貴重な体験となる。是非一度訪れて欲しい。