【熱狂諸島】関根章裕氏/「KINTAN」「しゃぶ里」をインドネシア全国で展開

異言語・異文化でのマネジメントに悪戦苦闘

現在の妻と入ったコンビニで、たまたま手に取った求人情報誌に、バンコクで日本食レストランを展開する「富士グループ」の求人募集を発見。店を出てすぐに電話をかけると、偶然にもその日、バンコク在住の社長が東京に戻っているとのこと。その日のうちに面接に伺い、そのまま富士グループがフランチャイズ展開する「Coco壱番屋」の責任者として採用が決定した。
その時、高田馬場で沖縄合料理を始めてから2年半がたっていた。他にも知人と共同経営などで都内に店舗を3つ持っており、どの店も経営状態は良好だったが、海外行きが決まってからは、すぐに事業継承・売却・閉店などの整理に追われた。その頃は気付かなかったが、30代前半で事業の立ち上げから閉店まで関ったという人はそういない。海外ではゼネラリストが求められるため、その後の自分の大きな強みになったと感じている。そして2011年5月、バンコクに向けて旅立った。

実はそれまで、海外を旅したことがあまりなく、赴任地タイは自分にとって3カ国目の外国だった。Coco壱番屋はオペレーションシステムやマニュアルが徹底されており、マネジメント側の人間もオペレーションスキルは必須。そのため赴任初日からキッチンに入り、ご飯もりを担当。その後も、フライヤー、炒め物、ソース番・・・と、使用期間の3ヶ月で基本的なオペレーションができるようになった。言葉に関しても、当初はタイ語が全く分からず苦労したが、毎日現地スタッフに言われたことをメモし、家に帰って参考書片手に寝ずに勉強して、数カ月で業務中に使われる言葉は全て理解できるまでに成長した。

また、外国で働く際にはついて回る「言葉通じない中でのマネジメント」という課題の解決方法もここで習得した。例えば業務マニュアルの作り方1つとっても、言葉ではなくビジュアル化する。言葉が分かり合えない中では、実際に私がOJTでやってみせたこともあった。

そんな仕事にもタイ生活にも慣れてきた頃、1度痛い目を見た。人前であるスタッフを叱ったところ、全員から総スカンをくらってしまったのだ。タイは微笑みの国と言われているが、仕事となるとプライドが高い。その国の風習を理解することの大切さを学ぶと共に、その後はコミュニケーションの取り方を工夫し、回数を増やすなどして信頼を取り戻すよう努めた。

人のマネジメントに関しては、ASEAN全体で言えるかもしれないが、良い意味での「性悪説」が有効のように思う。「悪いことは起こる。起こらせないためにはどうするか」を前提に、リスク管理の手段として制度を整えれば、現地の人が気を悪くすることもない。例えば、オーダー間違いが多く、廃棄ロスに悩む店舗があった。日本人がいくら指導しても直らなかったが、タイ人マネージャーが就任すると1日で改善。彼は「ミスした人が罰金を販売価格で払う」としたのだ。日本なら彼の対応を不満に思う従業員が多いかもしれないが、タイの文化ではそうではないようだ。ミスが起こりづらい環境を整えておくことが、双方にとってプラスになると学んだ好例だった。

また、富士グループではシンガポールでの店舗立ち上げヘルプも経験。ラオスなど、周辺のアジア諸国に行かせてもらう機会も得て、自然とタイだけでなく広くアジアで展開している企業で働きたいと思うようになっていった。

そんな時、現在の雇用主である「ダイニングイノベーション」を見つけ、「日本食を世界に」「All for your smile」といった企業理念に共感を覚えた。海外1号店として、シンガポールに「焼き鳥家すみれ」をオープン準備中だと知り、求人募集は締め切られていたが「働かせて欲しい」と直談判。数週間後に代表の西山とシンガポールで面接する機会を得た。どうしても受かりたかったので、当日は「『焼き鳥家すみれ』 海外展開の提案書」なるものを独自に作成し、持参した。そんな熱意・姿勢が通じて、面接はほんの10秒で終了し、めでたく採用となった。

当初はタイでの出店に備えた採用だったが、インドネシアの物件が先に決まり、2013年9月に急きょジャカルタへ。出店先となるモールに足を運んで、驚いた。人がほとんど歩いていないのだ。こんな場所でどんな飲食店を開くのか。実はこの時、まだ何も決まっていなかった。